第1章:はじめに
1-1. 不登校問題が注目される背景
日本における不登校問題は、昭和末期から平成にかけて教育界で大きく取り上げられるようになりました。かつては「学校に行けない」「学校に行かない」という状態を、単に「怠学」や「非行」の一種と捉える風潮が強かった時期もあります。しかし、近年では不登校の背景が極めて多様化していることが認識され、家庭環境や学校環境、個人の心理的な要因など、さまざまな要素が複合的に絡み合う事例が増えてきています。
社会全体では少子化が進行している一方、いじめや学力競争の激化、インターネット環境の普及によるコミュニケーション形態の変化など、新しい課題も生じています。それらが相まって、多様な生徒指導・教育支援が必要となってきているのです。文部科学省(以下、文科省)も、こうした状況を踏まえ、不登校の捉え方や定義を見直し、サポートの在り方について方向転換を図ってきました。
1-2. 本稿の目的
本稿では、不登校にまつわる現状や国の施策の沿革と最新の動向、そして各市町村レベルでどのような対応が行われているかを概説し、さらに今後の展望について検討します。取り扱うテーマは以下のとおりです。
- 不登校の定義と背景の整理
- 国の施策(文科省を中心とした)や法整備の歴史と現状
- 不登校を取り巻く課題(教育制度、社会的偏見、ネットリテラシー等)
- 先進的な取り組み事例(フリースクールやオンライン学習等)
- 各市町村レベルでの対応策や仕組み
- 不登校支援の今後の方向性と課題
本稿を通じて、不登校の課題がどのように捉えられ、現場では何が行われ、社会としてどのように対応すべきかの一助となれば幸いです。
第2章:不登校の定義と背景
2-1. 不登校の定義の変遷
不登校の定義は時代によって変化してきました。文科省では1992年(平成4年)までは「登校拒否」という用語が主に使用され、より病理的・否定的なニュアンスを含んでいました。しかし、1992年に文部省(当時)は「学校に登校しない、あるいはしたくてもできない状況にある児童生徒」を広く包含する用語として「不登校」という呼称を採用しました。この呼称変更には、「登校拒否」という言葉による当事者への偏見や負のイメージを軽減し、より柔軟に支援するという狙いがありました。
不登校は「何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、連続して30日以上欠席している児童生徒」を指すことが一般的です。ただし、これは必ずしも医学的な診断によるものではなく、行政的・統計的な基準として用いられています。また、近年の文科省の見解では、30日未満でも学習活動や心理状態によっては支援が必要である場合は「不登校傾向」と捉える考え方が広がっています。
2-2. 不登校増加の要因
不登校児童生徒数は1970年代頃から徐々に増加し、特に1980年代後半から顕著な増加傾向を示しました。その背景には、いじめや受験戦争などの要因だけでなく、家庭環境の変化(共働き世帯の増加、核家族化、経済格差の拡大など)や、社会における価値観の多様化が挙げられます。
さらに、現代ではインターネット環境の普及により、SNSやゲームなどの仮想空間での交流機会が増え、人間関係がオンラインにシフトする動きも指摘されています。学校というリアルなコミュニティが居場所として感じられず、オンライン上のコミュニティに安住する子どもが増えていることも、不登校の要因として無視できない状況です。
2-3. 不登校に対する社会的認知の変化
かつての不登校は「怠け」や「非行」というレッテルを貼られがちでしたが、近年は「学校で適応しづらい環境がある」「個々の心理的特性が十分に尊重されていない」といった見方がなされるようになりました。文科省が2003年(平成15年)に策定した「不登校児童生徒への支援の在り方に関する調査研究協力者会議報告書」では、不登校児童生徒に対して「休養の必要性」を認める柔軟な見方が示され、各学校や地域でのより包括的な支援が求められるようになっています。
さらに、学習面の遅れだけを問題視するのではなく、社会的・心理的なサポートが重要だという認識が広がっており、自治体やNPO、フリースクールなどが連携して支援ネットワークを構築する動きが加速しています。
第3章:国の施策の歴史と現状
3-1. 文部科学省の「適応指導教室」とスクールカウンセラー配置
1980年代の後半、不登校児童生徒向けの施策として始まったのが「適応指導教室」です。これは、学校に通えない児童生徒が学校外の施設で指導を受ける形態を整える施策で、自治体の教育委員会が運営するかたちで全国に広まりました。適応指導教室では、学習支援だけでなくカウンセリングやグループ活動などを提供し、生徒が再び学校生活に適応できるよう働きかけます。
また、1995年(平成7年)頃からはスクールカウンセラーの配置が試験的に行われ、その後、段階的に拡大されていきました。スクールカウンセラーが学校に常駐するようになることで、生徒のみならず保護者や教員も含めた心理的支援体制が整備され、いじめや不登校の予防・早期発見につながると期待されました。しかし、スクールカウンセラーの配置に関する予算や人員確保の問題、配置の時間帯や対象校の制約など、実際の運用上の課題も多く指摘されています。
3-2. 2000年代以降の教育改革と不登校対策
2000年代に入ると、教育改革の一環として「総合的な学習の時間」が導入され、学校現場の自由度が高まりました。さらに、学校週5日制の導入などによって子どもたちの学習環境は大きく変化しましたが、それに伴って不登校児童生徒が減少したわけではありません。むしろ多様な生き方を求める子どもや、逆に学校へ適応できない子どもの存在がより顕在化する形となりました。
この時期に文科省が強調したのは、「不登校児童生徒の学校復帰を最終目標としつつも、無理な登校圧力はかけず、子どもの状況に応じた支援を行う」という方針でした。例えば、2003年の前述の調査研究協力者会議の報告書では、不登校児童生徒が多様な学習環境を得られるよう、フリースクールやフリースペースの活用、通信制高校への編入など、より柔軟な選択肢を周知するよう求めています。
3-3. 「不登校は問題行動ではない」という政策の転換点
2016年(平成28年)、文科省は不登校児童生徒への支援に関する通知で、「不登校は問題行動ではなく、むしろ問題を抱えた子どもたちが安心して成長していけるよう、休養の必要性を認めつつ支援する姿勢が大切」という内容を改めて示しました。これは大きな政策転換といえるもので、不登校を単に欠席として捉えて指導・叱責するのではなく、子ども自身のペースや状況を尊重しながら包括的なサポートを行うというものです。
これに伴い、教育委員会や学校現場では、不登校児童生徒に対して「まずは安心できる場所で過ごすこと」「段階的に学校復帰を支援すること」「学校外での学習活動の実績を評価に組み込むこと」が推奨されるようになりました。国としても、これまで以上にフリースクールやNPOとの協力体制を強化する方向へと舵を切っています。
3-4. コロナ禍とオンライン学習推進
2020年以降、新型コロナウイルス感染症の拡大によってオンライン学習やリモート授業が急速に普及しました。この動きは不登校支援にも大きな影響を与え、通学が難しい子どもがオンラインで学びを続けられる環境整備が進みました。GIGAスクール構想による一人一台端末の配布なども追い風となり、不登校生徒の学びの形態が多様化したといえます。
一方で、オンライン学習には保護者のデジタルリテラシーや通信環境、家庭の経済状況などによる格差問題も顕在化しています。国としてはIT機器の導入補助や通信費の軽減策などを検討しつつありますが、実際の自治体レベルではまだまだ格差是正が十分に進んでいないという指摘も多いです。
第4章:不登校を取り巻く課題
4-1. 心理的課題とセルフエスティーム
不登校の背景には、子どもの自己肯定感の低下や不安障害、学習障害(LD)や発達障害(ADHD、ASDなど)の可能性が潜んでいることがあります。従来の画一的な学校教育の枠組みでは対応しきれない特性をもつ子どもが、必要な理解や配慮を得られずに不登校状態になるケースも増加しています。
また、いじめや教員とのトラブルなどがきっかけとなり、結果的に学校へ通えなくなる児童生徒も少なくありません。学校での成功体験が乏しいまま長期欠席が続くと、自己肯定感が著しく低下し、さらに登校意欲も失われるという負の連鎖に陥りやすいのが現状です。
4-2. 家庭環境と経済格差
近年、経済的な理由で十分な教育支援を受けられない家庭の子どもが不登校になるケースも指摘されています。共働きやひとり親家庭で子どもと向き合う時間が限られている、あるいは塾や家庭教師をつける余裕がないといった状況が続くと、学習面や精神面でのサポートが不足しがちになります。結果的に学習面での遅れや劣等感が蓄積し、不登校の要因となることも考えられます。
経済格差だけでなく、家庭内のコミュニケーション不足や虐待、あるいは精神疾患を抱える保護者へのサポート不足なども不登校を引き起こす要因として無視できません。こうした家庭環境の問題は学校だけで解決できるものではなく、児童相談所や医療機関、福祉施設など、幅広い機関との連携が求められています。
4-3. 学校制度と教員の負担
日本の義務教育制度は「全員を同じ教室に、同じカリキュラムで学ばせる」という画一的な性質を強く持っています。学級規模の大きい公立学校では、教員が児童生徒一人ひとりにきめ細やかな配慮をすることは容易ではありません。文科省は学級規模の縮小を一部推進しているものの、予算や教員数の問題で十分とはいえず、依然として教員の多忙化は深刻です。
さらに、不登校児童生徒が増えることで、教員やスクールカウンセラー、校内の生徒指導担当への負担も増加します。学校現場では不登校対応に充てる時間や専門的知識の不足が指摘されており、教員研修の充実や専門スタッフ(スクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラーなど)の拡充が急務となっています。
4-4. 社会的偏見と将来への影響
不登校が続くと「学力が低下し、将来の就学や就職が困難になるのではないか」という不安が保護者や本人に強くのしかかります。また、周囲の大人や地域社会からも「学校に行かないのは社会不適応の表れ」という偏見が残っているケースもあります。不登校期間が長期化すると、学校外の人間関係が希薄化し、進路情報や学習機会を得にくくなるなど、社会的・経済的に不利な立場に置かれやすくなります。
不登校の子どもが持つ多様性や可能性に目を向けず、「学校に行かないこと=悪いこと」という固定観念のままでは、子ども自身が未来に向けて積極的なアクションを起こしづらいのも事実です。こうした社会的偏見を払拭するために、行政や学校、メディアなどが連携して情報発信を行う必要があります。
第5章:先進的な取り組み事例
5-1. フリースクールの台頭
フリースクールは、不登校やホームスクーリングなど、学校以外の学習環境を必要とする子どもに対して、柔軟なカリキュラムと少人数制の指導を提供する教育施設です。日本国内でもNPO法人などが中心となり、多様な形態のフリースクールが運営されています。フリースクールでは、学習の進度よりも子どもの興味や意欲を尊重し、個別指導やプロジェクト学習などを行うところが多く見られます。
一方で、フリースクールは学校教育法上の「学校」ではないため、修了証明や卒業資格に関しては公的な制度と直接結びついていないのが現状です。しかしながら、2016年の「不登校は問題行動ではない」という文科省通知以降、自治体がフリースクールとの連携を図る動きが活発化しており、一部自治体ではフリースクールでの学習実績を小・中学校の出席扱いに準ずる評価を行う例も出ています。
5-2. オンライン学習と通信制高校
不登校の子どもたちが学習を継続する手段として、オンライン学習の活用が広がっています。特に通信制高校やサポート校では、学習教材や課題提出、指導をオンラインで行える体制を整え、不登校経験者や社会人など多様な背景の学習者に門戸を開いています。GIGAスクール構想の普及によって小中学校レベルでもオンライン学習へのハードルが下がってきたことから、今後は義務教育段階においてもオンライン授業を活用しやすい環境が整っていくと期待されています。
ただし、オンライン学習では生徒同士のコミュニケーションや実技・実習系の学習が制限されがちであること、家庭側にインターネット環境や端末を整える経済的余裕がない場合に格差が生じること、オンライン上のいじめやトラブルなど新たな課題も存在します。これらを解消するためには、国や自治体による環境整備やルール作り、保護者のデジタルリテラシー向上が重要です。
5-3. スクールソーシャルワーカーの拡充
スクールソーシャルワーカーは、子どもの家庭背景や地域社会との連携を専門に担うスタッフとして、2000年代後半から配置が進められています。カウンセラーとは異なる視点で、家庭訪問や福祉機関との橋渡しを行い、不登校の原因となる複雑な環境要因にアプローチする役割を果たします。経済的困窮や虐待、家族の精神的ケアなど専門的な支援が必要な場合、適切な機関に繋げるなど、従来の教員やカウンセラーだけでは対応が難しい領域をカバーしています。
しかしながら、スクールソーシャルワーカーの配置は依然として十分とはいえず、地域や学校規模によっては1人で何校も掛け持ちしなければならないケースもあります。そのため、十分な訪問活動や支援体制の構築が難しいという問題も残っています。
第6章:各市町村レベルでの対応策
6-1. 教育委員会と学校の連携体制
各市町村の教育委員会は、不登校児童生徒への支援を行う上で中心的な役割を担っています。教育委員会が運営する「適応指導教室」や「教育相談センター」が、学校復帰支援やカウンセリング、学習支援などを行う拠点となっているのが一般的です。多くの市町村では、教育委員会がスクールソーシャルワーカーやカウンセラーを雇用し、必要に応じて各学校へ派遣する仕組みを整えています。
また、「不登校対策チーム」や「不登校対策委員会」を設置して、学校関係者や福祉関係者、医療機関、NPOなどとのネットワークを構築している例も増えています。このように、自治体レベルで情報共有や連携を図りながら、一人ひとりの児童生徒に合った支援計画を策定することが重要とされています。
6-2. 地域子ども支援拠点の設置
近年、一部の市町村では、学校外でも子どもたちが安心して過ごせる「地域子ども支援拠点」を設置する動きが見られます。これは、図書館や公民館などの公共施設を活用して、学習支援や居場所づくりを行う取り組みです。不登校児童生徒に限らず、学習支援を必要とする子どもや保護者への情報提供、就学相談、進路相談なども行うことができます。
地域子ども支援拠点では、ボランティアや大学生、地元NPOなどがスタッフとして参加する例も多く、地域社会全体で子どもを見守る仕組みづくりを推進しています。こうした拠点が充実すれば、学校へ通えなくても地域の多様な人々と関わり、学びや成長の機会を得られるため、不登校が長期化しても社会的に孤立しにくい環境を整えられます。
6-3. フリースクールへの助成制度
国レベルでは、フリースクールへの直接助成は制度として確立していないものの、一部の自治体ではフリースクール等の民間団体が提供する不登校支援事業に補助金を出す取り組みが行われています。例えば、フリースクールに通う子どもの学費や交通費を一部負担する制度や、フリースクール側のスタッフ人件費を助成する制度などが該当します。
これらの助成制度はまだ限られた地域での事例にとどまっていますが、自治体独自の施策として評価が高まるにつれ、全国的に広がる可能性があります。市町村レベルでフリースクールを認定し、一定の基準を満たす施設・団体に対して助成する仕組みができれば、不登校児童生徒や保護者にとっての選択肢が広がることが期待されます。
6-4. 学校との連携・復学支援
市町村によっては、フリースクールや適応指導教室である程度の学習や社会性を身につけた後に、公立学校への「復学」を支援する制度を整えているところがあります。具体的には、段階的な登校指導や個別学習指導、学級担任とは別のサポート教員の配置などを通じて、子どものペースに合わせた復学を実現するしくみです。
ただし、このような復学支援がうまく機能するためには、学校側の理解と柔軟性が不可欠です。不登校児童生徒の背景や特性を十分に把握し、必要に応じた合理的配慮をすることが大切であり、そのためには教育委員会だけでなく、学校現場自体がオープンな姿勢を持つことが求められます。
第7章:フリースクール・NPO・オンライン学習の活用
7-1. フリースクールと公教育の連携モデル
フリースクールは、本来「公教育とは別のアプローチをとるオルタナティブな教育機関」として発展してきました。しかし、不登校の増加にともない、フリースクールが公教育を補完する役割を担う場面が増えています。文科省はフリースクールを「学校復帰のための一時的な場」というだけでなく、「子どもの多様な学びの機会を保障する場」と位置づける方向へ政策をシフトさせつつあります。
たとえば東京都や大阪府の一部自治体では、公立学校とフリースクールのカリキュラムを調整して、一定の到達度に達した科目については学校の単位認定として認める試みがなされています。こうした連携が進むことで、フリースクールで学ぶ子どもが学習面で不利にならないようにする取り組みがさらに強化されるでしょう。
7-2. NPO法人の役割
NPO法人は地域との結びつきが強いことが多く、学校や教育委員会では把握しきれない子どもたちのニーズを拾い上げることが得意とされます。以下のような活動を行うNPO法人が各地で増えています。
- 不登校やひきこもりの子ども・若者の居場所運営
- 学習支援(家庭教師的な個別指導、少人数制の教室など)
- 保護者向けのカウンセリングや勉強会
- ボランティアや大学生との交流機会の提供
NPOは柔軟な運営形態を取りやすく、自治体や企業との協働を通じて多角的な支援を展開できるメリットがあります。一方で、資金力やスタッフ数に限界があるケースが多く、活動を継続していくうえで補助金や寄付金の確保が大きな課題となっています。国や自治体がNPOに対してより安定的な支援を提供できれば、子どもたちに対する支援の裾野がさらに広がるでしょう。
7-3. オンライン学習プラットフォームの可能性
前述のように、新型コロナウイルス感染症の拡大によってオンライン学習が急速に普及しましたが、不登校の子どもたちにとっては登校しなくても学習を継続できる新たな選択肢となり得ます。オンライン学習プラットフォームを通じて、以下のようなメリットが期待されます。
- 学習ペースの自己調整: 体調や心理状態に合わせて学習時間を決められるため、無理なく学び続けられる。
- 居場所としての機能: オンライン上で仲間やメンターと交流でき、孤立を防げる。
- 遠隔地でも専門的な指導を受けられる: 地域による教育格差を緩和し、不登校専門の指導者やカウンセラーにアクセスしやすくなる。
ただし、オンライン学習だけでは社会性や実技的な学習が不足しがちであるため、オフラインでの活動や体験学習、地域コミュニティへの参加との組み合わせが重要とされています。
第8章:不登校支援の今後の展望
8-1. 法整備・制度改革の可能性
現状、不登校支援に関しては「学校教育法」や「教育基本法」などで直接的に規定された枠組みは限られています。今後、不登校の子どもたちの学びの権利や社会参加の機会をより包括的に保障するためには、新たな法整備や制度改革が求められる可能性があります。
たとえば、一部の国会議員やNPO団体、研究者などからは、フリースクール等のオルタナティブ教育機関を公的に認証し、学校と同等の学習評価や単位認定を行う「オルタナティブ教育法(仮称)」のようなものが議論されています。これが実現すれば、現行制度では曖昧になりがちな「不登校時における学力保障」や「保護者の就学義務の在り方」についてより明確な法的根拠が整備されるでしょう。
8-2. 「不登校のままでいい」から「多様な学びを認める」社会へ
近年、「不登校は問題行動ではない」という認識が広まるとともに、「学校に行く・行かない」という二元論的な発想から、「学ぶ場所や方法は一つではない」という多元的な発想へ移行しつつあります。すでに欧米やアジアの一部の国々では、ホームスクーリングを合法として認め、適切な評価制度や支援体制を整備している事例があります。
日本においても、「不登校=学校復帰が絶対的なゴール」という考え方を見直し、フリースクールやオンライン学習、ホームスクーリングなど、多様な教育の選択肢を保護者と子どもが主体的に選べる社会をめざす動きが強まってきています。この背景には、少子化による教育市場の変化やグローバル化・情報化社会への対応という課題もあり、既存の学校制度だけに依存しない教育モデルが注目されているのです。
8-3. 地方創生との関連
地方創生政策の一環として、地域コミュニティの活性化や移住促進、地域産業の振興においても、教育問題は不可欠なテーマです。地域に根ざしたフリースクールや小規模校の取り組みが成功すれば、子育て世代の移住を促し、結果的に地域の人口維持や産業活性化に貢献できる可能性があります。
実際に、自然豊かな環境で体験学習を重視したフリースクールやオルタナティブスクールが地域の目玉となり、都会からの移住や長期滞在を呼び込んでいるケースも出てきています。今後は、行政や民間企業、NPOが連携して地域独自の教育プログラムを開発し、それを不登校児童生徒の受け皿として活用するモデルが増えると考えられます。
8-4. ICT活用のさらなる拡大
デジタル技術の進歩に伴い、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)を利用した学習コンテンツの開発、AIによる学習支援システムなどが登場しています。これらが普及すれば、不登校の子どもがリアルタイムで他者とコミュニケーションをとりながら学びを深める機会が飛躍的に拡大します。対面でのコミュニケーションが苦手な場合でも、アバターやチャット機能を通じて安全に交流できる場合もあるでしょう。
ただし、テクノロジーの導入にはコストや人的リソース、教育者のITスキルなどの課題が伴うため、国や自治体が計画的に支援し、学校だけでなく不登校支援団体やフリースクールでも利用しやすい環境を整える必要があります。
第9章:結論および総括
本稿では、不登校の学生に対して国や各市町村がどのように施策を展開してきたか、その歴史と現状、そして今後の展望について詳述しました。ポイントをまとめると、以下の通りです。
- 不登校の定義と背景
- 「登校拒否」から「不登校」への呼称変更に見られるように、否定的なイメージから支援重視へと転換した経緯がある。
- 不登校は多様な要因が絡み合った結果であり、個々の背景に応じた柔軟な対応が求められる。
- 国の施策の歴史と現状
- 適応指導教室やスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーなどを活用した支援が整備されてきたが、必ずしも十分とはいえず、地域差も大きい。
- 2016年の文科省通知などを契機に、「不登校は問題行動ではなく、休養の必要も含めて子どもの状況を尊重する」という新たな方針が打ち出されている。
- コロナ禍でオンライン学習が普及し、新たな支援の形が模索されているが、デジタルデバイドなどの課題もある。
- 不登校を取り巻く課題
- 心理的課題、学習面の遅れ、家庭環境や経済格差、学校制度や教員負担、社会的偏見などが複雑に絡み合う。
- 支援のためには教育分野だけでなく、福祉・医療・NPOなどの多領域との連携が必須。
- 先進的な取り組み事例
- フリースクールやNPO法人、オンライン学習プラットフォームなど、多様な学びの場が生まれている。
- スクールソーシャルワーカーの拡充など、専門性を補完する取り組みも進行中。
- 各市町村レベルでの対応策
- 教育委員会や適応指導教室、地域子ども支援拠点の設置などにより、子どもが地域で学べる環境を作り出す努力が行われている。
- フリースクールへの助成や復学支援など、地域独自の取り組みが増加している。
- 今後の展望
- 法整備や制度改革の可能性:フリースクール等を公的に認証し、学習評価や卒業資格との接続を明確化する動き。
- 多様な学びを認める社会へ:ホームスクーリングやオンライン学習を含む多様な選択肢が普及する見通し。
- 地方創生やICT活用との連動:地域活性化やデジタル技術の発展が、不登校支援の新しい可能性を開く。
今後に向けた課題
- 支援の質と量の改善: スクールカウンセラーやソーシャルワーカーの増員・研修の充実、教員の負担軽減などが急務。
- 多様な学習評価システムの整備: オルタナティブ教育の学習成果を公的に評価する仕組みが未成熟。
- 社会的偏見の解消: 学校へ行かない選択肢も含めて子どもの成長を認める教育・啓発が必要。
- ICT活用の推進と格差是正: デジタルデバイドを解消するための経済支援やインフラ整備。
結語
不登校の問題は単なる「学校に行けない」という現象にとどまらず、社会のあり方や教育制度全般、家族や地域コミュニティの在り方までも問い直す深遠なテーマです。国レベルでの施策は徐々に変化し、否定から肯定へ、不登校を問題行動として扱うのではなく、一人ひとりの子どもに最適化した支援を行う方向へとシフトし始めています。
しかし、現場レベルでは依然として支援体制の脆弱性や社会的偏見、制度の不備など、多くの課題を抱えているのも事実です。各市町村が独自の予算や人材を確保し、不登校支援を包括的に進めていくためには、国の支援や制度改革、そして何よりも社会全体の理解と協力が欠かせません。
今後は、フリースクールやNPO、オンライン学習といった多様な学びの場を選択肢の一つとして位置づけ、それぞれの子どものニーズに応じた連携体制を一層強化していくことが求められます。学歴重視の風潮や社会の固定観念を乗り越え、「どこで、どう学ぶか」を自らの意思とペースで選択できる社会を実現することこそ、不登校問題の本質的な解決につながるでしょう。
以上が、不登校の学生に対する国の施策や今後の展望、そして各市町村単位での対応の仕組みなどについての詳細な解説です。不登校対策は、各地域や団体による先駆的な取り組みが増えつつある一方で、法整備や社会認識の変化など、まだまだ課題が山積しています。しかし、「不登校は問題行動ではない」と認識され始めたことは大きな前進であり、多様な学びの形が共存し得る社会へと少しずつ近づいているのもまた事実です。今後のさらなる施策の充実と地域連携、社会理解の進展に期待したいところです。